第21回会合 「想定外を生き抜く力―命を守る主体的姿勢を与えた釜石市津波防災教育に学ぶ」
片田 敏孝 群馬大学大学院教授、広域首都圏防災研究センター長  

     
 

片田敏孝教授

 

 

第21回理科教育ルネッサンスは、9月12日、群馬大学の津波避難をはじめとする防災研究で著名な片田敏孝教授をお招きした。
片田教授は専門の災害社会工学研究という立場から、長年、釜石市の教育委員会と連携して「津波災害から、いかに子ども達を守るか」をテーマに、現地の小中学校に足を運び生徒たちにユニークな「津波防災教育」を展開してこられた。

今回の東日本大震災で釜石市では死者・行方不明者は1000人を超えました。しかし同市の小学生1927人、中学生999人のうち津波襲来時に学校の管理下にあった生徒は、片田教授の防災教育の成果もあり全員無事でした。他の被災地では生徒全員の集合を待っていたり、父兄の引き取りを待っていたために、多くの小中学生が犠牲となったと伝えられています。
この中で、釜石のケースは“釜石の奇跡”ともいわれ、片田教授が行ってきた防災教育は、これまでの学校現場での防災教育のあり方に抜本的に見直しを迫るもので、政府の「防災教育のあり方を考える有識者会議」でも取り上げられ、その基本が生かされようとしています。
今回の講演で片田教授は、動画や写真、データーなどを駆使され熱心に話され参加者に大きな感銘を与えました。

参加者からは、「生きた防災教育で生徒たちを救った」「子どもから親に伝えていくという逆転の発想が素晴らしい」「子どもから親、親から市民へ科学技術リテラシーをアップさせる理科教育の実践につながる」―などの声が出され、今後の片田教授の防災教育についての考え方を、教育現場に生かしていく必要が強調されました。

 


片田教授の講演要旨
 
 

「釜石の津波防災教育で伝えてきたこと」

今回の東日本大震災では約2万人の死者・行方不明者を出す大変な事態となりました。私は今回の大震災の問題点は、今回のような大津波が三陸地方を襲ったことが「想定外であった」ということではなく、「防災の想定にとらわれすぎたこと」が大きな災害をもたらしたと思っています。
これまで三陸の各市町村では、津波の来襲を予期して膨大な費用をかけて、「世界で一番深い防波堤としてギネスブックで認定された湾口防波堤(釜石市)」、「田老万里の長城」とばれた防潮堤(宮古市田老町地区)等をつくり、津波対策を行ってきました。しかしこの防波堤、防潮堤は、過去最大の明治・昭和の三陸津波の高さを想定して造られてきました。
また、その想定を基に「津波ハザードマップ」が作られ、住民は自分の所の津波危険度を認知できるようになっていました。しかし今回の津波はその想定をはるかに越えて、津波来襲マップでは津波は到達しないとされるところまで襲ってきました。亡くなった方の分布図を見ると、津波は到達しないとされたところでの死者・行方不明者が多く、津波の到達が想定されていた地域の住民は危険を感じて逃げています。

私は釜石の津波防災教育にあたって伝えてきた基本は、「大いなる自然の営みに畏敬の念を持ち、行政に委ねることなく、自分の命を守ることに主体的たれ」ということです。

 

津波防災対策三つのポイント

そして具体的には、津波対策として三つのポイントをあげました。

  1. 想定にとらわれるな
  2. 最善を尽くせ
  3. 率先避難者たれ

 今回の地震で子ども達は、この基本を本当に良く守って行動してくれました。

  1. については「ハザードマップを信じるな」、津波がくる想定区域はあくまで“想定外力”に基づくもので、それ以上の災害が起こる可能性があると思えと強調しました。釜石市鵜住居地区の小中学校は津波浸水想定区域外にありましたが、子ども達は避難対策に真剣に取り組んでいました。
  2. については「ここまでくればもう大丈夫だろう」ではなく、「そのときできる最善の対応行動をとれ」ということです。子ども達は、予め決められた避難所のすぐ近くのガケが崩れているのを見て、また防潮堤を超えてくる津波を目の当たりにし、危険を察知してさらに高台へ避難して助かりました。この決められた避難所は、子ども達が逃げた直後に津波に襲われました。そのときとれる最善を尽くした結果、子ども達は自らの命を守ることができたのです。
  3. については「いざというときには、まず自分が避難すること。その姿を見て、他の人も避難するようになり、結果的に多くの人を救うことが可能となる」。避難する中学生を見て、小学生も続き、中学生は小学生の手を引いて逃げました。これを見て近所のおじいさん、おばあさんもこの列に加わり、さらに幼稚園、保育園の子ども達も先生方に連れられて避難の列に加わりました。中学生が率先避難者となり、多くの命を救ったのです。

釜石の子供達に教えてきたことは、
「姿勢の防災教育」です。つまり防災に対して主体的な「姿勢」を醸成するということです。
「脅しの防災教育」、恐怖感をあおる危機意識は長続きしません。これはダメです。
「知識の防災教育」、与えられる知識は主体的な姿勢を醸成しません。むしろ災害イメージの固定化をまねき、想定にとらわれることになります。これもだめです。

 

「助けられる人」から「助ける人」へ

釜石市での防災教育は、最初は大人を対象としていました。しかし参加する人は意識の高い住民ばかりで固定化し、広がりが出ませんでした。このため子どもを中心とした防災教育に取り組むようになりました。子どもを通じて親へ、そして子どもは大人になり、次の世代へ教育効果は伝えられていくわけです。子ども達に伝えたのは、津波の恐ろしさ、避難の際の注意点など災いをやり過ごす知恵のみならず、避難三原則に沿ってハザードマップは単なる一つのシナリオに過ぎないこと、そして、ハザードマップにとらわれることなく状況に応じてベストを尽くすことしかないことを説明しました。
最後の授業で、子ども達には「お母さんに『私たちは避難するから、お母さんも必ず避難してね』と何度も伝えて欲しい」、そして保護者には「津波のときはにはお互い避難することを信じ合えるまで話合って欲しい」と伝えました。
教育委員会、先生方も熱心に取り組み、親子連れで避難路を歩いて「親子で参加する防災マップづくり」、地域住民を巻き込むことも狙って避難路に「こども津波ひなんの家」のステッカーを貼ってもらうことをお願いしたりしました。
さらに「助けられる人」から「助ける人」をスローガンに掲げて、小中学校合同の避難訓練をして、中学生が低学年や怪我をした人をリヤカーで運んで逃げる訓練もしました。そしてこの訓練を通じて、中学生が率先して避難を開始することで、地域住民にとっての率先避難者になることが重要ということを体得してもらいました。

 

「津波てんでんこ」の本当の意味

三陸地方には今回の津波で有名になりましたが、「津波てんでんこ」という言葉が残されています。これは「地震があったら家族の事を気にせずに、てんでんばらばらに自分の命を守るために一人ですぐに避難せよ、一家全滅、共倒れになることを防げ」ということです。これは津波から子孫を残すための知恵だと思います。その本質は自らの命に責任を持つこと、家族との信頼関係を築くことにあると思います。

その意味で津波防災は釜石に住むための「お作法」だと思います。きれいな海、おいしい海産物、自然の恵みを享受することは、自然の災いに近づくことと同義であり、災いをやり過ごす知恵(津波避難)を持つことは、豊かな自然の中で生活するための条件だと思います。

 

以上